プノンペン観光で訪れたい場所として名前が挙がる、
キリングフィールド(チュンエク虐殺センター)。
正直、訪れる前はポル・ポトについてあまり知らず、
「カンボジアの虐殺の慰霊施設」という認識でした。
しかし実際に足を運んでみると、その印象は大きく変わりました。
敷地自体はそれほど広くありません。
それでもわたしは3時間近く滞在し、見学後は精神的にかなり疲れてしまいました。
カンボジアの近代史を知るうえで避けて通れない場所だったので、
訪問記としてまとめてみます。
プノンペンからキリングフィールドへの行き方
わたしは朝一番で訪問することにしました。
トゥクトゥクでプノンペン中心部から向かいましたが、
想像していたよりも距離があり、到着まで30分ほどかかりました。
料金はGrab利用で14,700リエル、600円ぐらいです。
市内観光の延長で気軽に歩いて行ける距離ではないので、Grabやトゥクトゥクの利用がおすすめです。
Googleマップの営業時間に注意
Googleマップでは7:30オープンと表示されていたため、その時間に合わせて到着しました。
ところが実際には門が閉まっており、開館は8:00から。
私以外にも何人か観光客が待っていて、入口前の売店で時間をつぶしながら開館を待ちました。

やさしいおばちゃんでした
料金|入場料6ドルで日本語オーディオガイド付き
入場料は6ドル。
この料金にはオーディオガイドが含まれています。
しかも日本語に対応しているのがありがたい。
音声ガイドの内容は非常に丁寧で、
歴史的背景を知らなくても理解できる構成になっていました。
正直、この場所はオーディオガイドなしでは価値が半減してしまうと思います。
訪問するなら、ぜひ最初から最後まで聞きながら回ることをおすすめします。
クメール・ルージュとは何だったのか?
オーディオガイドでは、まずカンボジア現代史について解説されます。
1975年4月、ポル・ポトが率いるクメール・ルージュと呼ばれる極端な共産主義勢力は
わずか3日でプノンペンを制圧しました。
ちなみにルージュはフランス語で赤、
共産主義の色です。
そして都市部の住民を地方へ強制移住させ、
理想社会の建設を掲げて異常な政策を進めます。
その結果、約3年8か月にわたり自国民の大虐殺や飢餓、過酷な労働が続き、
300万人近くが命を落としたといわれています。
当時の人口から考えると、国民のおよそ4人に1人が犠牲になった計算です。
数字だけでも十分衝撃的ですが、現地を歩きながらその話を聞くと重みがまったく違いました。
キリングフィールドを歩いて感じたこと
それでは実際に歩いてみて、特に胸が痛かった話や場所について紹介していきます。
慰霊塔の写真には人骨が写っているのでいるので、苦手な方は飛ばしてください。
慰霊塔に納められた無数の犠牲者
敷地内で最も目を引くのが慰霊塔です。
中には発掘された大量の人骨が納められています。

入りきらない分もたくさんあるそうです😢
ガラス越しに積み上げられた頭蓋骨を見た瞬間、ここで起きた出来事が急に現実味を帯びてきました。
これは歴史の教科書の話ではなく、ほんの50年ほど前に実際に起きた出来事なのだと実感します。
雨が降ると今でも人骨が出てくる
見学中に最も衝撃を受けた話の一つです。
オーディオガイドによると、雨季の大雨で土が流されると、
現在でも人骨や衣服の一部が地表に現れることがあるそうです。
実際に見学ルート上でも、地面から出てきた布切れや歯、人骨などが展示されていました。

虐殺の傷跡が、いまだ完全には消えていないことを感じさせます。
赤ちゃんを殺害した木
敷地内には、赤ちゃんを打ち付けて殺害したとされる木が残されています。
将来の反乱分子になる可能性があるから「芽を摘んでおこう」という、
非人道さ極まりない話です。
あまりにも残酷ですが、現地ではその事実が淡々と説明されています。
ここで自分の赤ちゃんが殺されるのを見届けさせられた後、
母親たちも殺されて、隣に掘られた穴に捨てられたそうです。むごすぎる。

たくさんのブレスレットや花が供えられており、多くの見学者が足を止めていました。
言葉を失う場所でした。
夜通し流された音楽と処刑
犠牲者たちはトラックでここへ連れて来られました。
そして夜になると一人ずつ処刑されたそうです。
しかも銃がないので農具や原始的な武器などで。
オーディオガイドによると、処刑時の悲鳴をかき消すため、
敷地内では大音量でプロパガンダ音楽が流されていたとのこと。
さらに待機場所は窓がなく、二重の壁で囲まれていたそう。
そのため、自分の身に何が起きるのか分からないまま
最期を迎えた人も多かったそうです。
想像するだけで胸が苦しくなりました。
ポル・ポトはなぜ虐殺を行ったのか
クメール・ルージュはまず僧侶や教師、都市部の住民などを標的にしました。
さらに眼鏡をかけている人、外国語を話せる人、手が柔らかい人なども
「知識人」とみなされ、処刑されたといいます。
教育を受けた人々を排除することで、反抗の芽を摘もうとしたのでしょう。
知識や教育が命取りになる社会が存在したという事実に強い衝撃を受けました。
個人的に最も衝撃だったのは、ポル・ポト自身が知識人だったことです。
彼はフランスで無線工学を学び、帰国後は教師として働いていました。
教育を受けたインテリだった人物が、結果的に知識人や教師、僧侶を大量に殺害する側に回った。
その事実に大きな矛盾と恐ろしさを感じました。
また、クメール・ルージュについての説明や党幹部の写真は
敷地内にある展示室で見ることができます。
プノンペンだけじゃないキリングフィールド
わたしは訪問前、このチュンエクが特別な場所だと思っていました。
しかし実際には、こうした虐殺の現場はカンボジア各地に存在します。
チュンエクはその中でも最も有名で整備された場所に過ぎません。
「ここだけではない」
その事実を知ったときは、本当に頭がくらくらしました。
同じ国民同士が虐殺し合った歴史の重さに圧倒されます。
まとめ
アンコール・ワットを見るためにカンボジアを訪れる人は多いと思います。
しかし現在のカンボジアを理解するためには、
キリングフィールドやトゥールスレンのような場所を訪れる価値があると感じました。
滞在の感想
敷地の広さだけなら、それほど大きくありません。
旅行サイトの所要時間には「1時間~」と書かれているぐらい。
しかし日本語オーディオガイドを聞きながら丁寧に回ると、3時間近く滞在していました。
オーディオガイドには子どもを失った親や
単身亡命した人の証言も収録されています。
その一つ一つが重く、見学後は精神的にかなり疲れました。
最後に慰霊塔で献花をして施設を後にしました。

キリングフィールドは行くべきか?
楽しい観光地ではありません。
それでもわたしにとっては、今回のカンボジア旅行で最も強く印象に残った場所の一つでした。
プノンペンを訪れるなら、ぜひ時間を作って足を運んでみてください。
このあとは捕らえられた人たちを閉じ込め、厳しい拷問が行われていた
トゥールスレン虐殺博物館にも足を運びました。
ぜひ、併せて記事を読んでいただけたらと思います。
キリングフィールド【アクセス・料金・営業時間】
最後に、キリングフィールドの情報をまとめます。
※2026年5月訪問時点の情報です。料金や営業時間は変更される場合があります。
📍キリングフィールド(Choeung Ek Genocidal Center)
住所:FVMW+QX8, ផ្លូវជើងឯក, Phnom Penh
プノンペンから約15キロの距離です
営業時間:8:00~17:30
定休日:なし
入場料:外国人6ドル(オーディオガイド付き)
※慰霊塔や展示室では脱帽・下足の必要があります。
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また、カンボジアの観光情報はカンボジア政府観光局も参考になります。


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